暴力を受ける女性たち 8

クウェートの地元の専門家によれば、女性に対する家庭内暴力は、すべての婚姻の約15%で起っているといいます。


国内にある50か所の警察署が、毎週1件から2件の配偶者への虐待に関する通報を受けているのです。


これらの通報のおよそ60%が、非クウェート人女性からのもので、配偶者による虐待を内容としています。


警察と裁判所は、一般に、非公式に家庭内の争いを解決しようと努め、罪を犯した配偶者に虐待をやめることを約束した声明文に署名させています。


警察は、重大な事件については厚生省の精神医学課に報告します。


裁判所は、配偶者への虐待事件で夫の有罪を認めてきました。


男性雇用主が女性の家庭内使用人を強姦(レイプ)したという報告もあります。


実に多数の雇用主が、家庭内使用人として働いている移住女性労働者に対して身体的虐待をしています。


地元の新聞は、この問題にかなり注目しています。


1997年8月、新聞社は、3人のスリランカ出身の家庭内使用人が、クウェート人雇用主により虐待を受けたことを告発したと報道。


検察は、もし虐待の事実が証明されれば、雇用主を起訴すると約束しました。


外国出身の使用人は、虐待で雇用主を訴える権利がありますが、ほとんどが訴えません。


というのも、強制送還の恐れと、司法制度が彼らに対してもつ偏見の恐れが理由となっています。


政府はこの告発を調査し、逃亡中の使用人のために複数のシェルターを提供するよう警察署に命じました。


重大な虐待の証拠が提示されると、警察と裁判所の両方が雇用主に対して行動を起こしています。

暴力を受ける女性たち 7

女性は、年金と社会保障、相続、離婚、裁判所での(証言の)証明力などに関して、法律上の差別を経験しています。


政府は、女性より多くの豊富な社会保障を男性に提供します。


政府は、死亡した男性公務員の年金を相続人に支払い続けますが、女性公務員が死亡した場合には、その支払いは停止されます。


シャリア法の下で、女性相続人は、男性相続人の半分しか遺産の相続ができません。


また、イスラム教徒の夫の非イスラム教徒の寡婦には、遺産相続の権利がありません。


相続人が女性1人の場合、親の遺産の半分を相続し、残りは、指名された男性の親族が相続します。


相続人が男性1人の場合は、親の遺産をすべて彼が相続します。


イスラム教徒の男性相続人は、扶助を必要とするすべての家族を扶養する義務があるのです。


シャリア法は、2人の女性の証言が1人の男の証言と等しいとします。


これは法律上は、宗教裁判にだけ適用されますが、過去には宗教にかかわらず、民事裁判所でも同様に取り扱われました。


シャリア法の下では、男性は女性より容易に離婚できます。


キリスト教徒の婚姻と離婚の問題は、それぞれの宗派の特別裁判所によって裁かれます。


政府は、既婚女性が外交官の地位に就くことを禁止しています。


2人の女性裁判官がいます。


既婚女性がパスポートを得るためには、夫の許可を必要とすると法律は規定しています。


また既婚女性には、子どもにヨルダン国籍を引き継ぐ法的権利がありません。


既婚女性は、非ヨルダン人の夫のために国籍を得ることができ、この父親が子どもに国籍を引き継ぐことはできます。


しかしながら、実際は、このような請求は何年もかかるので、多くの場合、最終的には夫と子ども両方の付与が否定されることとなります。


民法は同一労働同一賃金を女性に保障していますが、実際この法律はしばしば無視されています。


社会的圧力が、移くの女性がキャリアを追求することを妨げています。


それにもかかわらず、女性はエンジニアリング、医学、教育、法律含む多くの職業で、雇用機会をもっています。


女性は、労働力のおよそ14%を占めています。


女性の人権擁護団体は、差別問題が法律問題にあるだけではなく、権利があることを女性が知らないこと、あるいは権利を主張することに女性が消極的であることにも問題があると強調しています。


国連食糧農業機関(FAO)は、1995年に農業に従事する女性は、1日平均15時間働くが、男性より収入が少ないと報告しました。


「ビジネスおよび専門職女性クラブ」のヨルダン支部は、女性の権利に関するセミナーを開催し、女性が中小企業を起業するのを支援します。


王室のメンバーは、女性の地位を改善するために積極的に活動しています。

暴力を受ける女性たち 6

ヨルダンの法律によれば、「名誉の犯罪」に対する抗弁は、不貞行為をしている「彼の妻あるいは女性の近い親族を不意打ちした」被告によってのみ、援用されえます。


その場合に、「名誉の犯罪」を犯した男性は、殺人罪では有罪となりません。


「名誉の犯罪」の抗弁が成立するための厳格な要件に合致する被告はほとんどありません。


というのも、被告本人が、犠牲者の女性の性行為の現場を目撃することを要件としているからです。


しかし、彼らは殺人罪で裁判にかけられないですし、有罪を言い渡されても、2年以上刑務所で過ごすことはまれです。


「名誉の犯罪」とは対照的に、第一級殺人(謀殺)の最高刑は死刑であり、第二級殺人(故殺)の最高刑は15年です。


より一般的に、「名誉の犯罪」の抗弁がなされる事件では、殺人を犯した男性親族の方が信用されます。


女性親族が性的規範に背いたと聞いたため激怒し、暴力行為を犯す前に、真実か否かを被告側で調査もせず、自分の妻、姉妹、姪、従姉妹などを殺してしまったというわけです。


このような抗弁は、女性が、同一の状況下で男性親族を殺害した場合には適用されません。


また、強姦やセクシュアル・ハラスメントや他の方法で彼女の「名誉」を脅かす男性を殺害した場合にも適用されません。


1997年5月に姉妹を殺した男性が「名誉の犯罪」を抗弁として用い、3か月の刑を受けました。


それとは対照的に、身体的・精神的に虐待する夫を殺害したアミラ・セイラムとアイダ・フセインの2人の女性は死刑を言い渡され、絞首刑となりました。


1997年1月には、長きにわたって姉妹にいやがらせをし、望まない性的誘いをした男性を殺した罪で、ある男性が12年の刑を言い渡されました。

暴力を受ける女性たち 5

ヨルダンの刑法は、「名誉の犯罪」の罪に問われる人に寛大です。


「名誉の犯罪」とは、性的不品行を働いたという理由で、男性親族が女性を暴行することを示す娩曲な表現です。


「名誉の犯罪」で訴えられた男性に対する法の執行は、この問題に関して非難したり、行動を起こすことに消極的で、そのようなやる気のなさが広範囲にわたっていることを反映しています。


1997年に新聞は関連する事件を24件報道しました。


しかしながら、ほとんどの「名誉の犯罪」が報道されることがないので、この数字は実数よりも控えめなようです。


「名誉の犯罪」の実数は、ある地元の専門家によれば、その4倍にもなると考えられています。


警察は、「女性自身の保護のために」、「名誉の犯罪」の犠牲者となった女性を定期的に刑務所に入れています。

暴力を受ける女性たち 4

ヨルダンでは、15歳以上の女性に対する暴力は一般的なものです。


女性に対する暴行事件に関して報道されることがありますが、問題の全部を反映しているわけではないでしょう。


医学の専門家は、配偶者による虐待がしばしば起こっていることを認めています。


しかしながら、文化的規範により、犠牲者は医療上、法律上の援助を求めないので、虐待の実態について客観的な評価はできません。


虐待された女性は、身体への虐待を理由に、配偶者を告訴する権利を有していますが、実際は、家族や社会的圧力のため法律上の救済を求めることはありません。


妻への強姦(レイプ)は合法です。


家庭内暴力の犠牲者のためにホットラインを提供する、「ヨルダン女性連合」といったNGOがこのような問題で援助しています。


妻に対する殴打は、法律上は離婚原因となりますが、夫が妻を殴ることは、宗教に反したり、従順でない妻をしつけるために、夫がコーランから与えられた権限であるとされることもあるのです。

暴力を受ける女性たち 3

パレスチナ人の身分法は、宗教法に基づくものです。


イスラム教徒のパレスチナ人の身分法は、シャリア法によるもの。


西岸とガザ地区では、女性に関するシャリア法は、1976年のヨルダンの身分法の一部で、相続法と婚姻法を含んでいます。


この法律の下では、女性の相続分は男性家族(の相続分)より少ないのです。


婚姻法は男性に、複数の女性と結婚することを許しています。


ただし、男性がそうすることはほとんどないそうです。


女性は、離婚と子どもの親権問題に関して自分たち(の権利)を守るために「約定」を作ることが許されています。


しかしながら、そのような法律上の約定規定を利用しているのは、1%にすぎないと推定されています。


したがって、離婚や子どもの親権が現実問題となったとき、ほとんどの女性は不利な立場におかれてしまうのです。


法律への抗議を受けて、1996年にパレスチナ市民問題省は、パスポートの発行前に、男性家族の書面による同意を得ることを、女性に義務づける法律を廃止しました。

暴力を受ける女性たち 2

占領地のイスラエル支配領域でもパレスチナ支配領域でも、パレスチナ人女性は、さまざまな形態の社会的偏見と社会における抑圧を甘受しています。


早婚が原因で、少女たちは、義務教育を修了しないことがしばしばあります。


文化的制約により、女性はときとして大学入学を阻まれます。


西岸(West Bank)では、積極的な女性運動の中で、人々の関心が、最近になって、ナショナリストの抱く目標から、家庭内暴力、教育と雇用への平等なアクセス、婚姻と相続に関する法律といった、女性に影響を与える問題へと移行しました。


家庭の外で働くパレスチナ人女性の数は増加していますが、彼女たちは、差別を受ける傾向にあります。


職場での女性の権利を規定する特別な法律はありません。


多くの職業分野で女性の数は少ないのです。


政治、医学、法律、教育、NGOなどで、卓越している女性の小さなグループがあるにもかかわらず、女性の大部分はこれらの分野の意思決定できる地位に就いていません。


その数の少なさは深刻です。

暴力を受ける女性たち

強姦(レイプ)、家庭内暴力、「家族の名誉」などに関連する暴力問題は、パレスチナ社会では、非常によく知られています。


しかし、公に議論することは一般に抑制されています。


犠牲者は、しばしば親族によって沈黙を強制され、女性自身が罰せられるか、家族に引き起こされた「恥」であるという非難を受けるのです。


女性の擁護団体は、これらの問題について女性を教育しようと努めていますが、女性の人権活動家は、暴力の犠牲者を保護するための人的、物的資源がほとんどないと主張します。


彼女たちはまた、今まで犠牲者にカウンセリングや救済サービスを提供することを社会が受け入れてこなかったとも主張します。


犠牲者は、知られている以上に広範にわたる問題をかかえているのです。


女性の人権擁護団体によれば、女性に対する暴力の発生率に関して、信頼できるデータはないとのことです。


配偶者による虐待、性的虐待、「名誉の殺人」などが発生していますが、社会的圧力によって妨げられ、ほとんどの事件は通報されません。


また、ほとんどの事件が家族の一員により内々に処理されるのです。

目黒をぶらりと散歩 3

第二次大戦で焼失したと思われ、「幻の日本画」といわれていた昭和初期までの貴重な日本画がここにはまとまってある。

戦時中は海軍病院になっていたため戦禍を免れたのであった。

鏑木清方をはじめ、下村観山、池上秀畝、伊東深水、木村武山、宇田荻邨等々、大画面に描かれたこれらの画家たちの作品は、細川社長の嗜好を反映してか、どれも拝情的である。

帰りには、再現された旧目黒雅叙園の中を歩いてみる。
黒漆に蝶貝をはめこんだ螺鈿のエレベーターをおり、長廊下の壁面を飾る彩色レリーフの美人画を眺め、贅をこらした和風宴会場をのぞいてみるのも楽しい。

とにかく手の届きそうなところに、さりげなく芸術作品が置かれている、ここ目黒雅叙園はまさしく平成の竜宮城であった。

目黒をぶらりと散歩 2

一九三五年、美術界のクーデターといわれる「松田改組」事件が起こった。
これは時の文相、松田源治が無鑑査を減らすなど、帝展のあり方にメスを入れたもので、画壇は賛否入り乱れての大騒動となった。

この時、目黒雅叙園では帝展無鑑査グループがしばしば会合をもち、細川社長も彼らを側面から援助した。

この時の縁で鏑木清方、松林桂月ら多くの画家が細川社長の依頼によって、新築中の目黒雅叙園の客間装飾に従事することになり技を競った。

彼らは画室を与えられ三カ月から一年かけて軸物、屏風絵、天井画、欄間絵、額絵の制作にあたり、これが今日の目黒雅叙園コレクションの中心となったのである。

「当時うちによばれて描くことは、画家どして最大の名誉だと言われていたようですよ」と社長はいう。