ウォーターゲート事件とマスコミ 2
ウォーターゲートの本筋とは離れますが、最悪の大統領には最低の副大統領がよくぞ揃ったもので、この秋にアグニューは、脱税と収賄でその職を棒に振ってしまいました。
このことはアメリカにとってまったく幸運でした。
もしアグニューが悪運を続けて居残っていたら、ニクソンのあとは彼が大統領になっていたはずだったからです。
ニクソンの立場はこうして日一日と苦しくなっていきましたが、最終的に彼を追い詰めたのは、皮肉なことに彼自身がホワイトハウスでの会議や電話の盗聴のため秘密に仕掛けた録音テープでした。
そのテープの提出を求めたウォーターゲート特別補佐官をクビにし、そのため司法長官まで辞任してしまいました。
・・・これが10月20日のことで、"土曜の夜の大虐殺"として知られるようになりました。
他方、同じころ議会では大統領弾劾要求の決議が行われました。
ニクソンは執拗にテープの提出を引き延ばしたが、これが公開されたのは翌1974年6月でした。
こうしてニクソンは歴史上、任期途中で犯罪のために辞任する、はじめての大統領になるという汚名を受けざるを得なくなったのです。