自由主義と社会主義のつまずき 5
今日、残留孤児のことが語られるとき、ソ連の侵入のことが一言も出ないことに、私は胸が痛むのです。
日本の北方領土は、今は完全にロシア領とされていますが、あれも戦争が終わった後の9月に入ってからのことです。
東欧諸国についていうと、これは占領されたわけではありませんが、ここでもソ連の軍隊が入ったところは、いまだにロシアの支配下に置かれています。
これらすべて、結局はヤルタ会談その他でのスターリンの政治的手腕に負うところが大きかったわけです。
そして中国も、ほどなく台湾を除く全土が共産化します。
こうして共産圏は一挙に世界の陸地面積の3分の1、人口では3分の1をはるかに越える地域に拡大し、スターリンはその全域に自らの体制を押しつけました。
スターリンというのはもともとペンネームで、「鋼鉄の人」というほどの意味です。
彼はその名の通り、鉄のような集権主義者で、完全な独裁制を確立したのです。
全体主義的社会主義の一つの典型です。
先に述べたように、西側では社会主義者でさえ、「こういうやり方は社会主義を名とした専制主義だ」と決めつけてきました。
しかしながら、間もなく共産圏の内部において、こうしたスターリン体制からの離脱が始まるのです。